復興せよ! 後藤新平と大震災2400日の戦い

後藤新平、そっくり過ぎだ!(笑)
新聞の番組案内で写真を見て吹きだした私でしたが、番組はとても良い作品でした。
タイトル通り、関東大震災からの復興を4人の人物をメインに据えたドキュメンタリードラマ。
おお、佐野利器に飯田基祐さんで、十河信二に古本新乃輔さんではないすか。そういや二人とも「坂の上の雲」にちょこっと出てましたね。
4人の内、知っていたのは後藤新平だけだったんですが、太田圓三って、詩人の木下杢太郎の実兄なんだそうですね。だから実家の映像が出た時に木下杢太郎の碑が見えたのか・・・。ビックリ。
そして復興に向けての奮闘が始まるのですが、「大風呂敷」後藤新平の敵の多さも垣間見えたような・・・。上に平気で噛み付くのが、つまづく遠因にもなってるとは思いますが(^-^;
そう考えてみると、児玉源太郎が上司だった台湾時代って、後藤にとってやりやすい時代だったのかな。日清戦争の検疫事業での二人の逸話は面白いですよね。児玉に検疫事業の予算を問われ「100万円かかる」と答える後藤に、「じゃあ150万用意しよう」と返答する児玉。だから完璧にやれ、と。かっちょいい(笑)。金額合ってるかどうか忘れたけど、とにかく膨大な数字。震災復興の時と同じなんですよね。でも上にいたのが児玉だったから良かったってことなんでしょうか。
後藤新平の周囲には新渡戸稲造がいたり、中村是公(夏目漱石の親友)がいたりと、なかなか人脈も面白そうなんですよね。ドラマでは、あくまで復興の物語がテーマだったので人物の掘り下げまでは描かれなかったんですけど、十河も濃いぃ人物っぽいですね(笑)。後藤が人材第一の人らしいので、どうしても濃いぃ人も集まってしまうのかもしれませんが(笑)。そんな中でも太田圓三の最期は辛かった・・・。没年の年だったので、ナイフ持つたびに「まさか・・・」とハラハラしながら見てたんですが、案の定・・・(泣)。

太田の死後、ドラマは終息に向かい、復興事業が終了する前に後藤新平が亡くなるところで締めに入りました。それにしても、今まだ瓦礫の山が出来ている被災地・・・。本当に、何も解決していない現状に胸が痛い・・・。他人事じゃないものな・・・。度量の大きい政治家って大事だな・・・って、つくづく思わせられた番組でしたね・・・。

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『怨霊と鎮魂の日本芸能史』

「怨霊と鎮魂の日本芸能史」 井沢元彦 (檜書店)

久々に怨霊信仰についての本です。図書館で見つけてタイトルだけで借りてきてみたら、中身は殆ど「平家物語」と平安時代後期についてのことでした。なんだかタイムリーだ。
今作は「能」に関する雑誌等で連載や解説の為に書かれたものだったそうですが、能楽や平曲を中心とした芸能史をまとめることで、あまり意識をされてこなかった日本史の大きな部分を語れるのではないか、とのこと考えで出来たそうです。
確かにそうだ。「○年に○○が起こった」という出来事自体は記録などで分かっても、そこにいたる人間たちの精神的なものが分かっていないと理解も半分になる、というのは分かる気がします。

怨霊信仰は、日本人の本来の信仰である。仏教は本来、「怨霊」を認めないものであり、日本人は仏教を「怨霊調伏」の為の宗教に作り変えた。前書きにそういったことが書いてありましたが、この辺のことは去年の「たけしの教科書に載らない(略)」でもやってましたね。でも、なんとなく日本人にこの「怨霊信仰」が今も根付いている、というのは分かる気がするのですよ。日本人がどこか自虐的なのは、ひょっとしたら古代の昔からの「怨霊信仰」のDNAのせいだったりしてな。

そんなわけで。まずは日本は「怨霊信仰」の国であることの説明から入ります。それが平安時代から始まったのは誤りだとし、その根拠が出雲大社の存在であるとしています。この定義は、私もQEDシリーズ(高田崇史)を読んできたので、すんなり納得。あのシリーズは、とりあえず神=怨霊くらいに認識してないと読めない(笑)。出雲大社が日本一高い建築物であった証拠が出るまで、学者たちは論じることさえしていなかったようですが(ホントかどうかは知らない)、著者はそれを語るには「国譲り」という勝者と敗者の歴史があったことを外せないことと書きます。私は学者じゃないんで、学会でどうとか全然関係ないので、割とその説、信じてます。大体、大国主なんて、いかにも大国の王という名前を持ってる人が、「国、譲れ」とか言われて「はい、どうぞ」なんて簡単に譲る方が不自然だよな。「出雲国風土記」でどう書かれてるのかが問題なんでしょうけど、そこまで手を出したことはない・・・。確か、日本書紀とかとは、結構展開違うらしいですよね。
ま、本書のメインは「平家物語」なので、そこの追求は著者の別作を読めばいいらしいのですが(笑)。
そして、「源氏物語」も実は鎮魂の物語だと指摘します。歴史上知られているように、当時の藤原氏は源氏を汚いやり方で追い落としています。その為の鎮魂の物語だと言うのです。だからこそ、道長は「藤原氏に勝利する源氏」の物語を書く紫式部を支援したという。
おおー、真実かどうかは分からないけど、そういう側面もあったかもしれないリアリティのある説だ!と正直思った。昔から思ってはいたんですよね~、いかにも藤原氏がモデルだと分かっているのに、どうして皆、喜んで読んでたんだろうと。そういう説明がつくなら、皆がありがたがって読んだのも分かる気がする。最も、更級日記の作者みたいのもいるから、普通に「かっこいい貴公子」が読みたくて読んでた女子もいただろうけど(笑)。

そうして時代は「平家物語」を生み出します。「平家」の凄さは琵琶法師という手段を使って、字の読めない民衆にも浸透させたことだそうです。そういや音楽に乗せて伝える方が効果的だって何かの番組で言ってたな。そしてもちろん、その行為には仏教の布教が根底にあるわけで。
古代に神の為に始まった芸能は、やがて平曲になり、能になり、歌舞伎となって広がっていきますが、そのどれもが怨霊の鎮魂という側面があるといいます。江戸時代の歌舞伎となると、そこら辺の定義は薄れてきているのかもしれませんけどね。でも、著者曰く、鎮魂の芸能の系譜は踏んでるそうです。その理由がまた面白かったですね。

本も後半部に入ると、芸能そのものよりも源平の時代についての考察が主になります。現代人はどうしても結果を知っている目線で歴史を見てしまいがちですが、それを取り払わないと歴史の理解は難しい。最近の大河ドラマは、現代の目線に頼りすぎなところが、ドラマをつまらなくしてたんですけど、さて今年はどうなるか・・・。
それはともかく、武士がどのように朝廷から権利を、そして政権を勝ち取っていったかが後半に書かれていきます。平家の「武家政権」としての失敗、続く木曽義仲の失敗を、じっと見ていた頼朝が、同じ徹を踏まないように、行動していく様が綴られていくので、分かりやすくて面白い。最も、頼朝についてはバックについてる北条氏の存在がでかいとは思うんですけど。朝廷に武力が無かったということに、ちょっとビックリしたですよ。そうか、武士を使ってはいても、公家は「軍」のトップではなかったということですね。武士団はあくまで、武家の棟梁の下に付くもの。指摘されてみれば、学校でも習うことではあるんだけど、どうも繋がらないんですよね。単語や年表ばかりが重視されるせいなのかなあ。
しかし、3代で滅ぼされたとは言え、この源氏から長い長い武家政権がスタートするのですなー。ご先祖たちが権利を得る為に朝廷と戦ってきた武士たちが、幕末になったら逆の行動を取り始めるのは、歴史の皮肉なのか必然なのか・・・。

著者は最後にもう一度、「日本史の理解の為には怨霊信仰は不可欠である」ことを強調していました。そればっかで見ると、また見えないものが出てきてしまうとは思うけど、頭に置いておいた方が理解は深まるでしょうね。すらすら読めて面白かったです。平安末期の歴史についても沢山記述されてるんで、うまいこと大河の予習になりました(笑)。

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『歴史人物笑史 爆笑平家物語』

「歴史人物笑史 爆笑平家物語」 シブサワ・コウ編 (株式会社光栄)

現・㈱コーエーテクモゲームスで出版されていた爆笑シリーズの一つです。ちょっと前の歴史オタクの少年少女の友・・・だったと思う。今は戦国無双でお世話になっとりますが(笑)、昔は出版物でお世話になってました、コーエー。当時の自分のお小遣いにしたら、ちょっと高い買い物だったので、数冊しか持ってないんですが、「お笑い」を称してあるだけあって、イラストも文章もギャグやツッコミが散りばめられてて、でもなかなか情報量も良い具合で、どちらかに偏った歴史観で書かれているわけでもなく、入門編として読むには非常に良いシリーズじゃないかなと思います。場所によっては図書館に入ってるところもあるかもしれないですね。

そういえば「平家」持ってたな・・・と思って久々に読んでみたらビックリ。
人物紹介の中に平家貞とか平盛国が、ちゃんと入ってたよ!絵と文章読んでて「ああ!この人のことだったのか!!」と、記憶が繋がりました。家臣のことまで頭に入ってなかったっす。いやー、ありがたいありがたい・・・と思って、紹介読んでみましたが、盛国は「一門だったけど先々代前くらいから主従の関係となった一族」というような感じで書いてありました。そ、そうなのか。だったら、どうしてドラマではわざわざ漁師出身設定にしたんだろう?海賊云々に関わらせるためなんだろうか。気になるのは名前を「鱸丸」としてあるところなんですよね。清盛って鱸に関する伝説ありましたよね。絡めて付けたのかなあ・・・穿ちすぎかな?
で、もちろん清盛に関する記述も多いです。つか、いきなり清盛の紹介から始まるし。そこで、視点を変えれば「現実的で常に前向きな合理主義者の姿が浮かんでくる」とし、対立する相手や運命に対して、一歩も引かない強さこそが、清盛の個性だった」と書かれています。やっぱり清盛も「悪人」のレッテルを貼られ続けた一人なんだろうな、ということが、ここで分かるわけですね。
基本的に『平家物語』がテーマなので、史実ではない紹介もあると思うんですが、所々入るツッコミが面白いです。義経についても結構容赦ないですね。そこが良いんですが!(笑)大河で「義経」やった時もさ、もっとダークな義経だったら見たかったんだけどさ(あまり見てなかった)。悲劇の義経はもう飽きたっつーかさ。先日やったBS歴史館、面白かったな。ああいう「義経伝説」にメスを入れるような義経ドラマを見てみたいなー。

それはさておき、この爆笑シリーズ、絶版なんでしょうか。検索しても中古しか出てきませんね・・・。面白かったんだけどな。

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信西と高階氏

清盛のガイドブック買ってみた。
その中で伊東四朗さんが「助命嘆願は1話見てすぐにしてくれないと間に合わない」と言ってた意味が分かった2話でした(笑)。
伊東さーん!伊東さーん!!
ちょっと、それ読むの遅かったよ、私!!

いや、まあ白河法皇は、あれくらいのインパクトを残して、早めの退場が良いところなんでしょうね。まだドロドロ待ってるしな・・・。
2話目は阿部サダヲさんの高階通憲、後の信西が初登場してました。
が、高階氏って、立場的にどの辺りになるんだろ?
私は高階姓の人って言ったら、藤原道隆の妻(百人一首で儀同三伺母として採用されてる人)くらいでしか知らんので(恥)、てっとりばやくwikiを覘いてみました。
そしたら、高市皇子の流れから出た氏族らしいじゃないですか!
そ、そうだったのか・・・びっくり。高市皇子というよりも、長屋王の血筋と言った方が早いのかもしれませんが。
まあ、こういう血族の証明って、どこらへんまで信憑性があるのかどうか分かりませんけども、臣籍降下した皇子の一族って、結構、武士の祖先となったりしてるんですね。それくらい身分を落とされたってことなのかもしれませんが。

で、信西ですが。この人、藤原氏(南家だそうですが)から高階氏に養子に入ったそうです。そーなのか。だからガイドブックにも藤原姓で書いてあったんだな。ちょっと混乱してしまったけど。妻が皇子(後の後白河天皇)の乳母に選ばれたそうですが、永井路子さん的に考えると、信西が力を持った遠因がここにもあるってことなのかな。それを踏まえると、幕末に岩倉具視が妹を使って孝明天皇毒殺を指示したってのも、やっぱり考えにくいんだよな・・・。公家だけに妹をパイプとしていた方が自然な気がするよな・・・。未だに論争あるのかな、この問題。

そして高階氏の子孫たちは名前を変えて繋がっていった・・・ということだそうです。
自称の可能性もありますけども(笑)。

それはさておき、俳優が阿部サダヲさんだけに、どんな信西になるのか楽しみです~。

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『乙女の美術史 日本編』

「乙女の美術史 日本編」 堀江宏樹・滝乃みわこ

すっかりシリーズ物となってるんですね、これ。「世界編」もあったけど、とりあえず「日本編」のみ購入してみました。帯に「この本はお勉強するために書かれたものではありません」とありましたが、「乙女の文学史」と同様に、「美術史」をザーッとガイドされています。大雑把に流れを掴みたい時に、この手の本はうってつけですね。ただ、やっぱり注意されてるように「お勉強」の為なら、また別の本で調べないと物足りないかとは思います。

さて、いつもの如く古代から近現代まで。取り上げられてるラインナップは、歴史好きな人なら、大体名前くらいは知ってる感じ?私は全く知らなかった人もいましたが。不勉強ですんません・・・。
古代や中世の作品となると、普通に歴史と一緒に覚える感覚なので、「初めて知った!」っていうのは少なかったんですが、政治と文化が別々扱いになってくる近世以降となると、興味を持って調べないと分からないこと増えてきますね。私は琳派とか全然分からないんですが、母が好きなので、ちょっと酒井抱一の名前を知ってたくらい・・・。「へうげもの」で知った古田織部のこともありましたが、意外なことが分かりました。いや、もうホント全然知らんのですよ・・・お恥ずかしい・・・。
そしてビックリしたのが、荒木村重の子どもが岩佐又兵衛という絵師だったてことですよ。荒木村重の薄情っぷりには、さすがに眉をしかめてしまっていたのですが、まさかその子どもが・・・。
近現代のところで出てきた人たちは、絵は見たことある、でも作家名とその人となりを知らない、みたいなのが多かったです。高畠華宵の名と作品は、たまたま「ぶらぶら美術・博物館」(←これ面白い!)で弥生美術館を取り上げていたのを見た時に初めて知りました。絵柄は、昭和初期の美少年たち・・・。まあ、どんな感じの絵であるかは見れば分かる、見れば。絵もさりながら構図や題材もエヘンゴホン・・・(笑)。
高村光太郎についても、激しいツッコミがありました。前に智恵子を描いた小説読んだことあったので、そのツッコミには何の異論もなかった(苦笑)。

各時代、「なるほどなるほどー」と思いながら読んでたんですが、その中で印象に残ったのが黒田清輝と写楽のことでした。黒田はヌードを描いて大批判を食らっていたそうなんですが、欧州留学をしてきた黒田にしてみたら「裸体と春画は違う」って憤慨したくなることだったらしい。まあ・・・そうだろうね。裸体は人物画の基礎であり、素材に過ぎないもの(ということらしい)。それを男女混浴とか野蛮だから文明国(笑)がこんなことやっちゃいかん!というような過剰反応があったという明治初期の時代情勢の事情もあったようです。形だけ整えても中身が伴っていない・・・というか外国の視線を気にしすぎてたんですかねえ。
写楽についても、彼の活躍する時代は江戸時代ですが、最初に認めたのは、外国人だったとのこと。逆輸入的に日本でもジワジワ人気出てきた・・・という話はどっかで聞いたことあったような。
現代でも多いことだけどさ、日本って海外から賞賛されて、やっと自国の文化を認める傾向強いですよね。最も「感覚が違う」こともあると思いますが、それだけではない何がある。通史で追ってみると、文化についても鎖国と開国を繰り返してるようなところがあるのが分かります。目立つのは明治維新の時ですが、他の時代の時も結構、積極的に海外文化を輸入してますよね。舶来物好きは古代からのDNAなのか。でも上手いこと日本式に取り入れるんだから、凄いなーと手前味噌的に思います。

正直、「芸術」の良し悪しは分からん自分です。でも、作者の素性や作品の由来、描かれた時代なんかを知るのは面白いし、それを知ってから作品を見れば、自分みたいな人間でも美術館は楽しくなる。今回の本も、そんな糧になりそうでした。

ところで・・・最後にバロン・サツマこと薩摩治郎八のことが描かれてたんですが・・・この人の奥さん、山田伯爵家のお嬢さんなんですよね。そのこともコラムに書いてあって・・・第2次大戦後に夫妻の実家も仲良く没落って書いてあった。ぼ、没落て(汗)。まあ華族は皆そうだったんだろうけども。でもそう書かれちゃうとちょっと衝撃。

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『毛利は残った』

「毛利は残った」 近衛龍春 (毎日新聞社)

毛利輝元が主役の本です。珍しい!と、いうか、戦国時代が舞台の本って、あんまり読んだことないんですが(笑)。両川に挟まれて、頭が上がらない輝元の描写があったら楽しいな、と思って借りてみたんですが、既に叔父さん二人は亡くなってました。残念。

物語は関ヶ原の直前から始まります。元就じいさんに、くどくどと説教されてる夢を見ていた輝元の描写が最初にあって、思わず吹き出す。元就は「お前はやれば出来る子だから」と言い残して逝くのですが、輝元は呑気なものです。「両川がいるから自分は飾り物だ」とか考えているのですが、時代はその呑気さを許さなくなっていきます。
豊臣家を見限るのも心情的に出来ないし、でも徳川家とは戦する気はないし~とか輝元は考えているのですが、石田三成や周囲の者が見逃すはずもなく、「あれ!?」と言う間に西軍総大将になっている輝元(笑)。ど、どうしよう・・・とは思うものの、今更出来ませんとも言えずに、家中でも三成に付くか家康に付くかで大モメに。
ここら辺のことはドラマでも飽きるほどやってますので、流れとしては承知してますが、毛利家を主体とした小説を読んでみると、毛利家の板挟みとそれによる混乱状態が笑え痛々しいです。
そして関ヶ原で西軍は敗北。輝元、真っ青。おまけに一門の毛利秀元と吉川広家が、内通云々の問題のせいで険悪状態。二人とも、それぞれが毛利本家を思っての行動しただけなんですけど、真逆の主張だったもんだから話はこじれるわけで。小説として読むと辛いなあ。でも意外とスルスルと読めちゃうのは、この直情的で、割とお人好しな輝元が殺伐さを濁してるからなのかな。なんというか、偉大な先代が居る割りに、変にねじくれた性格をしてないというか、呑気っていうか、お坊ちゃんっていうか。ちょっと不思議な人ではあるかもしれない。本物の輝元のことは知りませんが。

さて、関ヶ原の敗北から、話は本題に入っていき、輝元が「本領発揮」していくことになります。それは領地を大幅に削られたことによる、壮絶な貧乏との戦いです。
この作品の徳川家康と本多正信が、もう超超ドSコンビで、「どうやって毛利を潰してやろうか」ということを始終考えてるんですね。元々、血を流さずに領地安堵を目論む毛利家が気に入らなかった家康。「あのボンボンが。今のお前の苦労なんざ、苦労じゃねえよ。オレなんか子どもの頃から人質生活だ。お前も少しは苦労しろ」とか思っているので、難癖つけては嫌がらせする気満々です。「輝元はアホだから、あれだけ領地を減らせば毛利は勝手に潰れますよ」「それもそうじゃな」なんて、悪代官と越後屋みたいな会話を繰り広げる家康と正信。

でも潰れない毛利家(笑)。

関ヶ原で痛い目を見た輝元は、さすがに学習していて、「徳川に少しでも隙を見せたら、それを改易の理由としてくる」として、ものすっごい疑心暗鬼、いや、慎重派になってるわけです。そしてそれは決して穿った見方ではなく、実際に家康は身内に関しても容赦なく改易をしているので、外様大名ともなると一時も油断は出来ないのですね。
あまりの貧乏の為、食べていけずに止むを得ず出奔する家臣は出るわ、残った家臣も待遇に不満を抱くわ、家中は空中分解寸前なんだけど、それを悟られれば即・改易が待っています。
あの伊達政宗も徳川の天下になってからは、涙ぐましい努力(なんか本人もだんだん楽しくなってきてた気がするけど)をしてたようだし、この改易処分に対する大名たちのストレスは相当なもんだったんじゃないですかね。視点を変えてみれば、それだけ他家の力を削いでおかなければ、また次の戦乱が起こりかねない、という徳川家の懸念があったということなんだろうけど。
とは言え、「戦乱の芽を摘むため」と一言で言っても、その処置を受けるのは、やはり人間たちであるので、その苦労も並みではなく。毛利家なんかはホントに大大名だったもんだから、余計に苦しいんですね。武士も領民も皆で苦労して、やっと新しい領地での光明が見えてきたかな・・・と思ったら、今度は城普請のお達しが(笑)。また借金が!そして、大坂の陣が待っています。
「自分、やっぱ当主の器じゃなかったんだな・・・」と、呑気な輝元もさすがに打ちひしがれるのですが、改易されたら家臣は困るし、子どももまだ幼いし・・・で、何とか踏みとどまる姿は、倒産しかけの会社の建て直しを図る社長さんです。
ドSコンビに「もう許してやってww」とか拝みたくなりました(笑)。

しかし、読んでて思ったんですが、やっぱり毛利家ってどこか本家の独裁体制ではない部分が元々あるんですかね。国人領主連合のような形から始まった名残なんでしょうか。「醒めた炎」で、敬親公がすごく家臣に気を使ってたようなことが書いてあったと思うんですが、輝元も出奔した家臣にも支援していた上、帰参も許していたり、なんとなく一門の者にも頭が上がらなかったり。まあ、調べてみれば、余所の国でも似たようなものなのかもしれませんが。・・・・・・そうか?そうなんだろうか・・・?(考え込むなよ)
とにかく、改易させられた有力大名がありつつ、生き残りに成功した毛利家。幕末の時もそうだけど、「よくこれで生き残ったなー」と思わせられますよ。そういえば、毛利家の祖であるとされてる鎌倉時代の毛利季光も宝治合戦で滅ぼされてるんじゃなかったかしら。しぶとい家系なのかもしれない・・・(笑)。

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行政がドラマに口出すと、ろくな事ない・・・。

兵庫県知事が大河『平清盛』に文句言ったって。

・・・はぁ?

いや、まあ、まだ1話しか放送してないし、擁護も何も出来ない状態の一視聴者ですが、この発言には、

馬鹿じゃネーの?

という感想しか出ないっす。
ニュース記事による知事の発言を要約すると、

「画面汚いと観光に影響すんだよ、もっと綺麗で華やかにしろ」

ということのようです。行政の人って、観光のことしか考えてないよね・・・。これだから、あちこちに気兼ねしながらドラマを創らなければならなくなって、面白くないものが出来上がるんだ。大河ドラマは特にその傾向が強いんですよね。N○Kならでは、なのかもしれませんが。
更に記事によると、

「華やかで生き生きとした清盛らしさを強調してほしい」

と苦言したらしいですが、清盛らしさって何だか分かって言ってるのかな、この人。
多分、栄華を極めた絢爛豪華な、曖昧なイメージでしか語ってないんじゃないだろうか。ドラマの企画意図とか、全く理解しようとしてませんよね、この発言見る限り。
1話を見る限り、今回のドラマが武士がまだ貴族の下僕でしかなかった時代に、清盛が武士の世の先駆けとならんとしていく姿を描こうとしているというのは、アホでも理解できたはず。つーことは、知事はちゃんと「ドラマ」を見てないということか。
まあ、今回の設定は、かなり大胆だし、歴史解釈や時代考証、何よりドラマの展開の点で受け入れられない人も出てくるだろうとは思う。差別などデリケートな問題に関わる部分については、表現の仕方に注意を払わないといけないとも思う。
でも、「観光に影響するから」とか、ドラマの内容と全然違うところで苦情を出す「行政のトップ」が出てくるのは、正直、歴史ファンとしても困るわけ。少なくとも私は迷惑だ・・・。そういうのがあるから、「主人公の絶対正義」というものが出来上がってしまうんだよ。大河ドラマは勧善懲悪の娯楽時代劇とは違うと思うんですよ。

しかしさ、視聴率もあんまり良くなかったらしいですね。だからこそ、余計に出てしまった発言なんですかね。
私は行政の人に言いたい。
観光はドラマのオマケであり、ドラマは観光の為にあるんじゃない。ドラマに感動するから、観光もにぎわう。そういうもんじゃないのかな。
色々な考えはあると思いますが、せめて的外れな口出ししないで欲しいです・・・。それでも面白くなかったら、その時こそ製作陣の責任ってもんだと思うんですよね。
行政の人にしてみたら、去年のみたいな糞ドラマでも観光客が来るなら、ドラマの内容なんてどうでもいいのかなあ・・・。そればっかではないとは思いますけど・・・。でも今回のニュースに関しては溜息が出ちゃいました。

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