知る楽の裁判員制度のハナシ

NHK教育の知る楽をちょろっと見ました。「歴史は眠らない」の裁判員制度がテーマでした。見た時、かなり終盤で何が何だか分からなかったので、番組のことがどーのこーのと感想述べられないんですが、権力維持の為に政府が陪審員制度を徹底阻止した、みたいなことを言ってたような。
うーむ・・・。難しいところですね。当時の国民の知識浸透って、どれくらいだったんだろう?番組内で「政府の強い反対により・・・」と言ってたけど、政府の中にも色々な反応あったんじゃないのかなーとは思いました。最終結論が代表されるから、一括りの表現も仕方ないんだけど。
それはともかく、ボアソナードを出すんなら、民法のこともやってくれよ。帝国憲法のことは取り上げること多いけど、民法の時の論争騒ぎって、あんまり取り上げられたことないような。ボアソナードさんはホントに一生懸命やってくれていたような気がする。

ところで、やっと渋沢栄一の本を読み出しました。
うっかり「密謀』を先に読んだり、大河ドラマへの義憤(笑)に駆られたりしていたら、読むのが遅くなってしまった・・・。
幕末当時の渋沢さんのことはよく知らないのですが(と、いって明治後のことを詳しく知っていたわけでもない)、意外とこの人も若い頃から色々な人と交流持ってたんだなあ、と驚きました。そして、井上馨とうまくやれてた理由もちょっと分かってきたかもしれません・・・(笑)

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『密謀』

「密謀」 藤沢周平 (新潮文庫)

直江兼続を取り上げた藤沢周平氏の作品です。
藤沢作品を小説で読んだのは初めてだったんですけど、面白かったです。
兼続が普通にかっこいいです。「義」を大切にする人物ですが、それもまずは「上杉家のお家大事」が先に立ち、石田三成と懇意になりつつも、家のことを考え、一歩引いた付き合いになっている辺りも、この戦国の時代の厳しさが見えて良いです。
大河ドラマではここがまず出来ていない。武将たちの「お家大事」が。
現代が舞台の青春ドラマとは違う、戦国ならではの青春ドラマが何故出来ないのか。不思議でならないです。
読みながらどうしても大河と比べてしまうんですが、主君の景勝の描写も明らかにこちらの作品の方が上。兼続を信頼していますが、なんでもかんでも頼るという描写ではなく、締めるところは締める、兼続が「我が主君」と仰ぐ理由も分かる主従になってました。阿吽の呼吸が、読んでて心地よいです。物語は秀吉に従って上洛し、運命の関ヶ原を迎え、上杉家の行動の理由を作者ならではの解釈で迫る内容。創作人物も登場しますが、時代を映すキャラクターとして物語の登場人物として何の遜色もないものでした。小説として比べるなら、大河の原作と読み比べるべきなのかもしれませんが、あの大河の原作というだけで読む気削がれてしまいます・・・(すみません!)。

しかし、内容もさることながら、解説にあった藤沢氏の歴史小説への姿勢に感銘を受けました。本編より感動したかもしれません。
ちょっと以下に抜粋。

・人間を描くなら何も歴史を取り上げなくても良い。でも歴史を取り上げる以上は、小説が歴史と関わりあうことで予期せぬものが期待できるからではないのか。

・小説だからと歴史的事実を適当にしていいことはない。

・歴史小説である以上は、従来動かしがたい歴史的事実とされてきた事柄は尊重すべき。

・歴史小説は歴史的事実に作者の想像力が加わって成立するが、その想像も野放図でいいことはない。

・許容範囲というものがあり、大きく逸脱しないのは歴史に対するエチケットというもの。

思わず大文字太字にしてしまいました。
去年もその気がありましたが、今年の大河は上記の心構えが欠けまくってる気がしますよ!ホントにもう!娯楽時代劇や娯楽時代小説なら、奇抜な設定も良いとは思う。でもやっぱり大河ドラマって、歴史ドラマを見せてくれるものだと思ってたから、視聴率だけが目当てのような昨今のドラマ造りは残念至極。
「頭が良い」「傑物」「この人物はとにかく凄い」ということを、ドラマではなく台詞で済ませてしまう、設定だけに頼った大河ドラマはもういい。もっと「時代に生きる人たち」を見せれ。

あれ、なんで最終的に大河ドラマへの文句になってるんだ?
「密謀」、面白かったですよ!(慌てたように)

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殿と家臣と忠義心

『独眼竜政宗』のDVDで、秀吉から勧誘を受ける片倉小十郎が、それを断る場面を見た。

うっは!かっこいい!!

秀吉が不意に小十郎を呼び掛け、何事かと不審がりつつ、行けと顔で促す政宗。
促されるまま秀吉に近づく小十郎。
領地を餌に、勧誘を試みる秀吉に、小十郎は恐縮の態を見せながら断る。
自分は伊達家に骨を埋めるつもりだと。

緊張感漂う良いシーンですよね。
絶対的な権力者が相手ですから、無下に断ろうものなら、主君の立場も危うくなる。
それを踏まえて、秀吉を立てながら失礼の無いよう、秀吉の機嫌を損ねないよう、そして自分の政宗への忠義も伝わるよう、考えながらの発言。智将の忠義者らしさが存分に発揮されてた場面でした。その後の主従のやり取りも良かった。秀吉の「横暴」ぶりに苛立ちを隠せない政宗が、「それでも(小十郎の心が)嬉しかった」と笑みを浮かべる。
なんて素敵な主従なんだ。この場面だけでご飯10杯くらいいけそうです。

やっぱり伊達家が潰されるか否かの瀬戸際の緊張感は、秀吉の大きさを描写し続けていたからこそ生まれるものなんだよなあ、と先日の「天地人」を見ながら思ったのでした。
なんか・・・「天地人」の秀吉描写って・・・小者だよね・・・。役者さんのせいでなくて、明らかに脚本と演出のせいなんですけど。だからなのか、兼続が勧誘断る場面も何の感慨も芽生えないと言うか、軽いと言うか。この程度の権力者なら、愛と正義の主人公としては、こういう態度をとってしかるべき、みたいな製作側の意図が見えるというか。うむー、大河は時代を反映すると言うし、今がそういう時代ってことなのか・・・。
しかし、どうせ「権力者にも負けない」主人公であるなら、巨大な敵であるほど、ああいう毅然とした態度をとる様がかっこよかったんじゃないかとも思った。

それにしても渡辺謙さんの政宗はカッコイイなあ~。

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今までにない大河

絶賛放映中の『天地人』。私、ホントにちゃんと見てないのでストーリーがどうなってるのか良く分かってないんですが、先日、皿洗いしながらチラ見したら、福島正則が宙を飛んでました。

・・・え!?なに?何コレ!?これはアリなの!?

なんだ今の。役者がアレだからああいうキャラにされたのか(失礼)、それとも今年の大河がああいう路線なのか。で、この時の話も最後まで見なかったのですが。つか、見る気も失せたんですが。
ここまでチラ見しながら覚えてるシーンは数える程。兼続の父ちゃんがまとも人かと思ったら若いおなごを後妻にもらってデレデレしてるシーンで呆れ(年の差夫婦だって、あんな風に描く必要はなかろうに)、しゃっきりしない兼続にイラつき、更に期待してた景勝・菊姫夫婦もなんか好きになれず、やっぱまあちゃんと見なくていいかなーと思っていた私なのですが・・・以前からファンも多いはずの直江さんですから、この大河でイメージ付けちゃまずいだろうと、藤沢周平氏の『密謀』借りてきて読んでるところです。

な・・・直江兼続、かっこいいじゃないか!!

これこそ智将だよ。これこそ主君の右腕だよ。
こういう路線で良かったのに、なんで大河ではあんなことになっちゃってるんだ!?
あれ、私、去年も小松帯刀に対して同じこと思ってたような気がするよ!?

大体。
愛の心で戦国の世を生きる。
これが最初から無理あり過ぎだったんですよ。
生きるか死ぬかの厳しい時代なのに。
宗教団体ですら武装する時代ですよ。一揆起こす時代ですよ。
何かと言えば『義』『義』と繰り返す。お題目唱えてればいいってもんじゃなかろう!
で、『義』ってなんなの?
某歴史雑誌に大河のプロデューサーのコメントが載っていたのを思い出して読んでみました。

「敗者の美学」を描くのもいいんじゃないか。

目に見える価値以外のものを大事にしてた兼続や三成。

目に見えない価値を大事にした人こそが「日本人」と呼ばれていたのではないか。

兼続を通して日本人の原型と信念を貫くことの大切さを訴えていければ。

ちょっと待て!!
目に見えない価値を大事にした人こそが「日本人」って・・・いつの時代のことじゃ!!
日本の歴史は、この時点でもう何百年も経ってるんだから、色々な人間がいたはずですよ。んじゃ強欲な人は日本人じゃなかったんかい。なんかいいこと書いてるって感じだけど、無茶苦茶な日本人論じゃないか、それ。
で、『義』ってなんなんすか。
信念持った人ってことでいいんですか。なんかハッキリしないなあ。どうとでも取れるんじゃないのか、それじゃあ。信念持って天下統一しました、って言うことだって出来るのに。
視聴者側は色々な解釈でいいかもしれないけど、製作側も解釈が統一出来てない感じがするのは気のせいでしょうか・・・。

チョロ見の分際でドラマを語るのもおこがましいですが、兼続、智将のはずなのに頭じゃなくて心でばかり動いてますよね、多分。
戦争のことは良く分かりませんが、敗北するということは、必ず原因があると思うのです。
『謀略によって負けた』というならば、何故謀略に引っかかってしまったのか、そこを突き詰めないと原因究明にはならない。相手が非道だったから負けたんだ、ではただの責任逃れでしかないと思うんですよ。だけど、この大河ではそうなりそう・・・っていうか、『戦には負けたが、闘いには勝った』とでも言わせる気なんでしょうか。いくら敗者視点のドラマで、主人公に正当性を持たせる為とは言え、巻き込まれる下の者たちは、たまったもんじゃないよね!?
っていうか、大河の上杉家見てる限りでは、
そりゃ負けるわ。って思っちゃうんですけど!

なんかね、去年もそうだったんですけど、主人公の無理矢理な正当化にはうんざりいたしますね。『正しい人の正しい生き方』を大河ドラマでやっても、ちっとも面白くないと思うのは私だけでしょうか。悪人に描け、と言ってるんじゃなくて・・・。人間的に描いて欲しいというか。ヘタレとかお転婆☆にすることが人間的と思ってるんならお門違いだよ、スタッフ!ドラマ上では、それはただの「性格」であって、成長と共に変わる部分ではなかったもの、去年だって。
某名君を大河ドラマにしてくれ、と嘆願するお話がありましたよね。結局「お江」になって、また流れたわけですけど、それで正解だったような気がします。今のような大河の造りだと、『立派な人の間違いのない正しい生き方』を1年見せられるだけになると思うんですよね。よっぽど上手く作らないと、逸話の少ないマイナーな人の場合、今年の二の舞になりかねませんよ。

プロデューサーの「今までに無い大河」というのは、意図と違う方向で達成してるような気がしますネ☆(毒)

・・・来年が心配になってきました。まあ龍馬だから逸話は豊富ですが。

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木戸さんと渋沢栄一

渋沢さんの本を借りてきたわけですが(ちなみに津本陽氏の)、渋沢さんと言えばアレです。
木戸さんに突然、家に押し掛けられてビックリしちゃった人です。(それだけなわけはない)
津本氏の小説の中でも、そのエピソード出てくるんですが、要約するとこういうこと。

明治3年8月6日。(まだ旧暦)
木戸さんが前触れもなく渋沢家へ訪れました。
書生に「木戸公が見えた」と言われた渋沢さんは、「木戸公は参議なんだぞ。そんな偉い方がうちなんかに来るわけないだろ」と不審がって再確認させに行ったら、やっぱり木戸さん本人でした。

・・・多分、木戸さんは昔からの気分が最後まで抜けなかった人なんだろうなあという気がします。幕末の頃、こうやって同志や知人に会いに行ってたんでしょうね。自分が「偉い立場」に立ってる自覚がどこら辺まであったのか。あったとしても、偉ぶる気配は全然ないですね・・・。なんでドラマなんかだと、澄ました感じのキャラになっちゃったりするんだろ?
ちなみに渋沢栄一は、後にこんな証言をしている。

「突然公の訪問といふので、甚だ怪みながら之を迎へたが、間違いはなかつた。(略)公の如きが、訪問されたのに、多少疑惑を抱いてをつた位である。ところが、先づ私の経歴を問はれて、米佛に遊学した状況を丁寧に尋ねられ、(略)・・・」

めっさ怪しまれている木戸さんである・・・(笑)。渋沢さんの方は「なんで木戸公がうちなんかに来るの!?」とビビッてんのに、当の木戸さんはケロッと「聞きたいことがあったから来ました」みたいな雰囲気でいるのが、なんか笑える。なんだ、この温度差。渋沢さんは更に「自分、元徳川の家臣なのに、木戸公は差別しなかったっす」とも言ってるので、自分の出自のこともあって尚更訪問を怪しがってたのかもしれないですね、ひょっとしたら。
そして木戸さんの容姿を褒めまくってくれてありがとう、渋沢さん。

木戸さん自身の日記には、こんな記述が。

雨午後晴れ。湯島に至り澁澤租税正を訪れ、時事を相語る。此の人はかつて徳川民部卿に随行して佛国に留学せし。

原文そのままではありませんが、ちゃんと記入されとりました。木戸さんはマメですな・・・。そういうことから証言も本当の話なんだ、と分かりやすいので助かります(色々な意味で)。
しかし、そういや、こん時ってまだ木戸さんも丁髷だっけ?

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馨さん

病院に行ったら先生の名前が「馨」さんでした。

そんなわけで(どんなわけだ)、井上馨に思いを馳せてみました。

何度か記事に書いてるような気もしますが、私の日本通史の元は、小学館のまんが日本の歴史です。集英社のでも、学研のでもなくて小学館。やっぱこれが一番いい。
大体の歴史人物のファーストコンタクトはそこからです。(もちろん登場してれば、ですが)
お陰でまず持つイメージもそこから・・・てことになるんですが、井上馨が登場してきたのは明治政府発足後。唐突に彼は現れました。
誰?
当時、小学生の私、混乱。
政府発足後に唐突に現れた面子の中の一人だった為、彼が長州出身者だと知るのは、まだ先のこと。
大隈家の梁山泊でたむろってたかと思えば、江藤新平と予算のことで大喧嘩してる場面で、とりあえず出番終了。再登場は確か次の巻の憲法発布から日露戦争辺り(伊藤と日露協商の相談してる場面だった)、更に次の巻で第一次世界大戦の一場面・・・ってところか。子供の頃、かなり読みふけったせいか、結構細かく覚えてるなー(笑)
子供向けの本だった為か、汚職についての記述がなかったので、どっちかというと世界大戦時の台詞が引っかかってたな、当時の自分。
それから幕末にハマって色々知るようになったわけですが、とにかく汚職色に染まる馨さんですよ。ありゃ、こんな腹黒い人だったのかー、と思いつつ、でも江藤との喧嘩の内容が気にかかる。裁判所を作りたい、と迫る江藤に対し、「どこにそんな金がある、金がないまま形だけ取り繕って何になる!」とか、そんな感じで喧嘩してたんですけど、「一理あるよなあ。なんでこんな悪名だけが高いんだろ?」と不思議だったんですよね。汚職のことがあるにせよ。だんだん薩長藩閥とか、そういう言葉の意味が分かるようになっていったんですが、それでも上士なのに下士というか農民出身だった伊藤とべらぼーに仲良かったり、命懸けで密航してたり、「悪人」と思って見るのも難しいタイプだったというか。
でも、彼個人に関する本が無いんですよねえ、知りたくても。
とりあえず井上馨の部下だった渋沢栄一の本を借りてきました。嫌でも出番はあるだろうと踏んで(笑)。渋沢栄一も会社で回覧されるビジネス関係の雑誌によく出てくるんですよねー。業績も人柄も尊敬の対象にされてる渋沢さんから見た上司・井上馨がどんなだったか。彼を語る時は「敵側」視点の方が多いように感じるので、ちょっと新鮮な気持ちで読めそうです。

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長州江戸藩邸の珍事

日本史瓦版(三修社)というのをパラパラと見ていたら、『礼金めあてに悪徳夫婦も、長州江戸藩邸の「捨て子」』なる見出しが目に入りました。

・・・なんのことだかサッパリ分からん・・・。

そう思って読んでみたら、どうやら江戸時代の昔には、「藩は捨て子があったら目付に届け、里親が見つかるまで養育する義務があった」ということらしい。出典不明。そういう義務があったから、親は安心して捨てられた・・・って、迷惑な話だな、おい・・・(苦笑)。しかし、それだけ庶民も苦しかったんでしょう。現代にもあるもんね・・・。
長州藩の1711~1716年間の記録では、捨て子の記録がいくつもあるそうです。長州藩・・・もしかしてカモられてた!?なんか「捨て子の名所」呼ばわりされてるんですけど!
里親に礼金つけて引き取らせてたらしいのですが、それ目当てに悪巧みする輩も出てきたようで、なんとも世知辛いお話です。いつの時代も悪い奴はいるもんですね。最悪なのは、礼金とって子供は殺してたって話もあるんだとか。酷すぎる!(泣)

ところで、その記事読んでて思い出したのは、明治に入ってから木戸さん宅の前に、捨て子があったという話。もしかして、江戸時代の制度の名残だったりして・・・。つか、その制度がいつまであったのか知らないけど。

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